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【 西日本学連NEWS 】ツール・ド・シンカラレポート~出発事前準備から帰国まで 実は出発までが一番大変!?~

★☆学連レースをこよなく愛する世界中の皆様!こんにちは。

いつも大変お世話になっております。西日本学生自転車競技連盟事務局の中の人です。

西日本学連選抜チームにて(以下WJICF)で11月18~26日にかけてインドネシア・スマトラ半島(パダン)を舞台にツール・ド・シンカラレース(UCI2.2)に選手6名・監督1名で参加してきました。
各々現地で感じたことを一番最後にレポート形式で記載しています。最後まで読んでいただければ幸甚に存じます。

選手は前回の西日本学連ニュースに述べたように下記の6選手+1監督のオール大学生チームで構成された。

(選手)
栗田龍之介(大阪経済大学 3回生)
久保田悠介(関西大学 3回生)
川嶋裕輔(中京大学 1回生)
吉岡優斗(立命館大学 3回生)
井上文成(岡山理科大学 2回生)
二宮誉仁(関西大学 2回生)

(監督)
福島綾野(京都大学 4回生)

話をいただいてから参加決定、出発までほとんど時間がなく約3週間弱、実質2週間ちょっとで全ての書類、必要不可欠な物を整える必要があった。とにかく時間がないの一言であった。

立命館大学茨木キャンパスにて出発2日前に石井章氏のミーティングを受ける選手たち。各々固唾とメモを取る。 photo:k.kitayama
上記と同じく立命館大学茨木キャンパスにて菊池津根徳氏からミーティングを受ける選手たち。        photo:k.kitayama

※この事前ミーティングでは現地での食事、暑さ対策、持参する物、海外レースの流れ等、現地での主催者への気配りなど、事細かく選手たちは話を聞いてメモを取っていた。約2時間ミーティングを実施した。

今回、一番苦労したことは事務作業もさることながら何より監督、スタッフを集めることであった。東西の学連関係者、OB・OG、実業団・クラブチーム関係者、知り合いの英語堪能な方、定年を迎えてお時間がある方など、出発までに多くの方に連絡してスタッフ、監督になっていただける方を探した。紆余曲折を得てインカレロード終了後からシンガポールに語学留学中であった京都大学自転車競技部マネージャーの福島綾野氏であった。英語も堪能で何より自転車が大好きで試合会場にいつもいる関西圏では知らない人はいてないマネージャーである。福島氏にお願いして快く了承を得た。ようやく、課題であった、選手6名、監督1名のギリギリの課題はクリアした。

【出発までの事務作業の道のり】
選手6名が正式に決まると絶対にしなくてはならない作業がある。パスポート申請、国際ライセンス申請、海外活動許可願、UCIID取得、主催者側からのエンロールメント作成、海外保険関係、各大学への推薦書(公欠の場合があるため)、各所属車連への副申書依頼と多岐に渡った。果たして出発までに間に合うのか!?出場することは既に決まったのでもう後戻りはできない。パスポート取得(未取得の方)、海外保険加入、国際ライセンス取得を各々に任せ、“UCIレター“と言われる日本の選手が海外で活動することをJCFが承認したという書類の申請に取り掛かる。海外レースの申請は実は初めてであり戸惑うこともたくさんあったがたくさんの方にご協力・ご尽力いただきレース出発までに何とか海外活動許可証を取得することができた。これで正式に海外のレースに出れる!あとは出発を待つだけだ。

たくさんの方にご協力・ご尽力いただきやっとの思いで手に入れた海外遠征許可願。※個人情報欄は削除いたしました。ご了承ください。

至る、11月15日(水)、関西国際空港19時集合で選手が集まった。なお、監督である福島綾野氏は現在海外留学中であるため留学先であるシンガポールからジャカルタに来ていただくよう事前にお願いした。すでに6名が早々に到着していた。

予備ホイールを梱包する吉岡(立命館大学)   photo:k.kitayama
日本食を大量に持参する二宮(関西大学)     photo:k.kitayama
空港で没収されたオイルやスプレー      photo:k.kitayama
出発前に全員で記念撮影           photo:k.kitayama

左より                          川嶋裕輔(中京大学1回生)二宮誉仁(関西大学2回生)    吉岡優斗(立命館大学3回生)井上文成(岡山理科大学2回生)  久保田悠介(関西大学3回生)栗田龍之介(大阪経済大学3回生)

マグネットは京都産業大学自転車競技部OB根津誠氏に作成していただいた物。選手からも車の判別がしやすく大変好評であった。                  photo:Fukushima
OS-1の粉末も富和清訓ドクターより熱中症予防に差し入れいただいた物である。 photo:Fukushima

11月15日(水)全ての準備が整い選手たちは保安ゲートを潜り関西国際空港から羽田空港へ乗り継ぎ一路ジャカルタへ向かった。

ゲートを潜る栗田龍之介(大経大)    川嶋裕輔(中京大)吉岡優斗(立命館大)   photo:k.kitayama

現地到着後ジャカルタへ到着後、無事に福島氏とも合流でき7名はパダン(都市名)に国内線に乗り継いだ。体調不良者も出ることなく、荷物の破損、ロストバゲージも無く大きなトラブルは皆無であった。

開幕前夜の主催者主催のパーティーでの様子。真ん中の長身の方は現地の王族の方だ。 photo:Tour de Singkarak
チームプレゼンテーション会場で。   photo:Tour de Singkarak

【個人レポート】
ここでレースに出場した選手6名のレポートを見ていただきたい。全レポートはあえて一切修正していません。ありのままを見ていただきたいからだ。

川嶋:
(第1ステージ)今日はスタート同時に逃げができていた。逃げを追おうと集団から次々アタックがあり、初めの登り2つまでがとてもきつかった。なんとか登り初めで前にいたためなんとかさがりながら登りをクリアできた。残りは下りや平坦だったのでなんとか完走できた。補給するタイミングが遅かったため、明日から早めにするようにしたいです。第1ステージ、今日はスタート同時に逃げができていた。逃げを追おうと集団から次々アタックがあり、初めの登り2つまでがとてもきつかった。なんとか登り初めで前にいたためなんとかさがりながら登りをクリアできた。残りは下りや平坦だったのでなんとか完走できた。補給するタイミングが遅かったため、明日から早めにするようにしたいです。
(レース2日目)今日は一級山岳があり、150キロだった。一級山岳前に補給ポイントが設置されているはずだったのだが補給ポイントがなくなったらしくそれに合わせてボトルを消費していたので補給がなくなり、一級山岳に入った、先頭がどんどんペースを上げ、集団が分解した。自分は初めはグルペットにいたのだが水がなくなり脱水症状気味になってしまった。サポートカーを呼んでいたのだが全然気づいてもらえず、一人で登ることになった、登りきり下りでカーペーサーを使ってなんとかグルペットに追いつきそのままゴールした。
(レース3日目)今日は逃げがすぐでき集団で160キロゆっくり走った一日だった。ゆっくりだったが先日の疲れがしっかり溜まっていた。
(レース4日目)今日は序盤に一級山岳があり、残りは下りで100キロだった。一級山岳で千切れてしまい。しばらくひとり旅になった。カーペーサーを使ってなんとか前のグルペットに追いつきそのまま30人ぐらいでゴールした。疲れがだいぶ溜まってきている。
(レース5日目)今日のレースは一つの山に一級が一つと超級が2つあるコース。これを乗り切ったらあとは下りでなんとかなるコースだった。山岳に入り、すぐに逃げ、メイン20人、第2集団30人40人ぐらいに別れ、なんとか第2集団に残り、下りに入った。下りは道が悪く、とてもコーナーがき使った。コーナーの入り口で前の選手が急にふくらみ、少し動揺してうちに入ったら段差で吹っ飛んで転んでしまった。幸いチームカーがすぐ近くにいて、すぐに自転車に乗れたものの、ペダルが折れてしまい、予備もなく残り70キロそのまま走った。サポートカーなどに助けてもらいなんとか集団に追いつき残りの下りをこなしてゴールまでたどり着けた。
(レース6日目)今日はフラットなコースだった。足の調子はそんなによくなかった。パレードが、終わり逃げがなかなか決まらず、ずっとペースが速かった。20キロ当たりで集団で落車があり、自分もそこに巻き込まれた、自転車の故障もなく、すぐに乗り直した。パダンの選手と二人で回していたが、集団のペースが速すぎて、サポートカーが来るまでに足がおわっており、カーペーサーをうまく利用できなかった。そのまま集団に追い付けず千切れてしまい、70キロ地点で降ろされてしまった。このレースで良かったことは、外国のプロの選手走れて、体験したことないようなスピードを体感できました。今回のほとんど毎日千切れてしまったんですけど、なんとか諦めず、チームカー(福島さんがうまくバラバラになった選手を集めてくれました)使いなんとか、6日間走ることができました。このレースで悪かったことは、きつくなってしまうと、すぐに下を向いてしまうのでそこを直して行きたいです。あと、日に日に食べる量が減ってきていたので、嫌でももっとしっかり食べて次の日にしっかり備えれるようにして行きたい。レース中に気が緩んでしまった部分が自分でも感じるほどあったので、ちゃんと最初から最後まで集中できるようにする。インドネシアでは、いっぱい写真を撮ったり、話したりとても楽しかったです。こんな経験をさせてもらって本当にありがたいです。

井上:
(第一ステージ)このステージは今回の大会の中では1番苦しく感じた。レースの後半はほぼフラットとで、前半の山岳をクリアできればなんとかなると考えていた。また、日本との気候の変化が大きかったので事前の対策として濃ゆめのドリンクを準備し、レース中の塩分補給を意識して行った。しかし、予想以上に出る汗の量や塩分濃度が高く、レースを半分程終えたところで脚が軽く攣り始め、ラスト7kmで両足攣ってしまい集団から千切れて最後ゴールした。
(第二ステージ)このステージはレース前半はフラット、中盤に一級山岳がありそれをクリアできれば完走が望めるステージでした。予想通り前半は集団で過ごし、一級山岳をクリアしゴールをすることができた。しかし、一級山岳ではプロと大学生の力の差を痛感した。全部で10kmに及び、所々の勾配が15%を超える山岳を経験したことがない速さで超えていくプロに付いて行くことは出来ずグルペットで何とか付いていける状態であった。
(第三ステージ)このステージはほぼフラットで、ステージ優勝を狙うチーム以外は休息感の強いステージになりレース序盤で逃げが決まり、逃げ切り優勝をした。そんな中で総合上位をかかえるチームはプロトンの先頭を40オーバーで引き続け、最終的に逃げの吸収はできなかったがゴール前の集団スプリントに向けた動きや雰囲気は初めて経験するものであった。
(第四ステージ)自分は第一ステージが終わった時点で膝に痛みが発生しこれまでの3ステージはテーピングやアイシングを行い痛みを我慢しながら走ったが、第四ステージの朝は膝が腫れあがり痛みも増してきていた。レース序盤がフラットだったので出走はできたが登りに入るとトルクをかけた走りをすることが出来ず集団から千切れ、レースを棄権した。また、レースを棄権してからはメカニックやマッサージ、洗濯などを棄権したメンバーで分担して行い選手がストレスなく走れるようにサポートを行うことができた。
(全体を通して)日本のレースとは異なり集団の密度はあまり高くなくレース経験が少ない自分でも安心して走れた。また、集団の後方を走っても中切れが起きる心配はなかった。一方で、詳しいコースがわからない中での高速ダウンヒルは非常に怖く、度胸とブレーキング技術が試された。また、1,2,3ステージを通して新たな自分の走りの課題や、海外レースを走る際に気を付けるべきこと、準備すべきものを学ぶことができたのでの今後の活動に活かしていきたい。膝の痛みの原因については体の柔軟性が低いことや、連続で高強度のレースを走る耐性がなかったことが考えられので、今後の練習方法や、体のメンテナンス方法を改善していきたい。

吉岡:
今回tour de singkarakへのお話を頂いたのは、出発の約2週間前。絶対いい経験ができる面白い機会だと二つ返事で行くことになりました。そこから急ピッチで準備を始めましたが、間に合わなくてもおかしくない。それほど短い期間でした。しかしライセンスや航空券の手配を西日本学連の北山さんをはじめ多くの人に裏で準備していただいたお陰で「僕は」スムーズに進み無事出発することが出来ました。
11月16日ジャカルタに到着。そのまま乗り換えスマトラ島へ向かう。現在日本は冬。一方赤道直下のインドネシアは雨季。曇ってはいるものの、常に汗ばむ高温多湿。はじめは温室にいるかのよう。また、ここから宿泊するホテルまで移動。迎えの待ち時間がかかったことよりインドネシアの交通事情に戸惑った。常にクラクションを鳴らし反対車線を走る。外は真っ暗。2、3人乗りの原付がわらわらと突っ込んでくる。生きた心地がしない。そんなこともありホテルは全く期待していなかったが、想像以上にいいホテルで驚いた。その日は自転車を組んで終了。
11月16日お昼過ぎから1時間ほど自転車に乗りに行く。思っていたより道もよく危なさを感じなかった。この日の夜、オープニングセレモニーに行き食事をするのだが、噂で聞いていた素手でご飯を食べるという一大イベントが待っていた。自分はお腹が弱いのでいけるかどうか周りの様子を伺いながらタブリーズなどの選手が手をつけていないものは食べないなど自衛した。
11月18日第一ステージ。この日はとても晴れて暑かった。身支度を済ませサイン。ここからスタート地点に行くが何の前触れもなくスタート。最初はパレードのため真ん中らへんでキープ。リアルスタートは道幅の狭い緩斜面。ペースは速いが千切れるほどではなくクリア。長いくだりを過ぎ長い緩斜面の途中で前輪がパンク。ペースがはやいのでそのまま集団の後ろにくっつき気持ち落ち着いたところでとまる。車列が後ろなので来るまで時間がかかりそわそわしていたが何とか交換。ここからカーペーサーで集団に復帰しようとしたが、なぜかコミッセールに使うなと言われ自力に。とりあえず自力では集団には追いつかないので明日につなげるためとりあえずゴールを目指す。前方のパックに追いつくが体調不良でやめる人のため1人でその後20分ほど走ってきられた。もう少し余裕を持った走りが出来ていれば対処できていたかも知れない。レース自体はすぐに終わってしまったが、チームカーに乗りサポートすることで普段経験できないインドネシアという環境でのレースや違う視点からレースを見ることができ、とても刺激の強い濃厚な2週間を過ごす事が出来ました。

栗田:
結果からいうと自分は第一ステージでリタイアとなった。ツールドシンカラ第一ステージでリタイアとなった。一日目でレースが終わってしまった私のレースレポートは内容が薄いので二日目以降に残った選手のレポートでレース内容は見ていただきたい。私はそれ以降選手サポートととなった。二日目以降に残った選手は三名で、私は主にレース後のマッサージや同じくリタイアの二宮メカニックの手伝いをした。レースが終了するとゴール地点から宿ま2~4時間ありレース後の疲れと移動の疲れがある足をマッサージする。足先から徐々に心臓へ向けて血流を流したり、足の筋肉をやわらかくするために揉んだ。自分の知っている知識だけでは技術が少なく最初は二宮からもアドバイスをもらって自分だけでは知らなかった方法やつぼがあり教えてもらって早速使わせてもらう。素人のためマッサージに効果があるかはわからなかったしぎこちない動きで不快感もあったかもしれないが選手は皆受けてくれた。一人約三十分程度のマッサージが終わると二宮の手伝いに行く。一人で三台の自転車を整備、洗車、注油はもともと選手で来ていてメカニックでもなく要領が掴めなかったので二人で行う。私は変速機は触れないので主に洗車を行い、時には日をまたぐこともあったが、自分たちより走り続けている選手のほうが大変なんだと思いサポートに尽くした。後半には人数も減り要領もつかんできたのでマッサージもメカニックも日をまたぐことはなくなっていき精度、技術が上がっていったと感じていた。次の日、また次の日と走る選手がいる中で何をしにせっかくの機会をいただいてインドネシアに行ったのか、なぜ自分は走らずにサポートをしているのか、と思うことも多々あった。ただその悔しさや経験は自分だけのものにせず自分の後輩に伝えられることを伝えて行きたい。

二宮:
こんにちは。関西大学二回生の二宮誉仁です。今回ツールドシンカラにWJICFとして参加させて頂きました。この大会の前から調子は上がっており遠征前の合宿で最後の追い込みを行い合宿中に発症した腰痛が気になるものの良いコンディションで参加しました。走る前は自信とやる気楽しみで溢れていました。インカレのロードでDNFになってしまい、悔しさもありこれではいけないと思いインカレ終了後も練習も行いモチベーションが上がっている中で試合に挑むことができました。しかし、脚の調子は良かったもののパレードランから腰が痛み始めレース中盤になるころはペダルを踏むと激痛が走りサドルに座っているのも厳しい状況でした。でも、日本で応援してくれているたくさんの方や街道で応援してくれてる現地の人の熱い応援を力に変えて踏み続けましたが初日でDNFになってしまいました。凄く悔しくて涙が出そうなほど悔しかったです。次の日からはチームのサポートに徹しました。今回の遠征チームメンバーにはメカニックもマッサージャーもいません。僕たちはプロではなく学生で作られたチームですから。今自分が出来ることはWJICFで一人でも多くの完走者を出すこと。他のチームのメカニックがしていることを目で盗んだり、話を聞いたりなどして次の日に自転車が完璧な状態で選手に受け渡すことを心がけました。しかし、レースはとても難易度が高く日に日にWJICFのメンバーはDNFになってしまい最後は先輩である久保田さん一人が完走することができました。チームで団結して完走できたのは凄く嬉しかったです。嬉しい反面また先輩と差が出来てしまったのは自分の中では喜べませんでした。自分より競技経験が少ない先輩が完走出来て、自分が完走出来ないのか。遠征期間中たくさんのことを学ぶことが出来ました。この貴重な経験を生かして来年のインカレは今年より一皮いや、二皮剥けれるようにオフシーズン過ごしたいと思います。もし、またチャンスがあればもう一度行きたいと思っています。最後に全国の自転車に乗っている日本人の方々。彼女が出来ないと困っているならばインドネシアを強くオススメします。凄くモテますよ、マジで。

久保田:
出発の準備をするにあたって、基本的に向こうでは白ご飯以外手を付けないほうがいいと聞いていてので缶詰、レトルトカレーなどを準備した。結局毎日分用意したが消費したのは半分くらい。ホテルが一日を除いてすごくきれいでビュッフェ形式で魚のフライ、鳥を辛く焼いたもの、野菜炒めみたいなものがあったのでそれほど困らなかったが、白ご飯は日本と違ってぱさぱさしていて4日目くらいから本当に食べたくなくなった。パスタ、パン、コーンフレークなどでやり過ごした。自転車の梱包もネットで調べて出てきたとおりにやれば何ら問題はなかった。梱包の袋は一応飛行機輪行用のソフトケースを使った。向こうの空港に着いてすぐにコーディネーターさんのような人が迎えてくれたがホテルまで移動するための車がなかなか来ない。結局2時間以上空港の外で待っていた。他チームも同じ状況だった。向こうで何をするかと言ったら寝る―バス移動―レース―バス移動―寝る大まかにいえば本当に毎日これの繰り返し。特にバス移動が長い。スタートまでの移動で2時間とか、ゴールしてから4時間とか普通にある。僕は基本的にずっと寝ていた。交通法規があるのかないのかよくわからないような運転なので目を開けていたら、怖くて疲れてしまう。寝るのが一番いい。寝れなくても基本的に目をつぶっていた。9ステージではスタート前の移動で酔ってしまい最悪だった。酔い止めは準備しといてもいいかもしれない。何が一番楽しかったって、女の子にちやほやされることだ。フォトok?サインok?日本じゃありえない。もちろん写真もサインも書きます。けどサインなんてないので日本語で自分の名前を書くくらいです。                         なぜ9ステージ完走できたか?先ほど書いたようにチーム一丸になれたこと、日本からたくさんの応援があったことがある。走りに関していえば省エネを徹底した。とにかく省エネ。そして集団内で一番足を休めているのは自分と思い込んでいた。集団内での位置はほとんどの時間集団最後方にいた。ふらふらしても誰にも怒られない。ストレスなく走れるのがよかった。タイトなコーナーとかもほとんどないので立ち上がりとかは全く気にせず良かった。エリミネーションのような走り方をしてた。下りから上り返しでは下りの勢いを使ってなるべく足を使わず登りをクリアするようにしていた。レースの強度は序盤のアタック合戦、ゴール前のスピードアップがしんどい。そして登りでどれだけ我慢できるか。何度も千切れかけた。そして千切れた。たとえちぎれてもあきらめずに踏めば追いつける。しかし九ステージ目ではちぎれていつも通り踏み続けたが追いつけなかった。もう本当に足がスカスカだった。最後のステージにしてdnfがよぎったが、幸い数名他の選手も千切れていたので協力しつつ完走をした。
このような海外遠征という機会を与えてくださり本当にありがとうございました。今回学んだ経験をもとに学連で活躍できるように精進してまいります。これからもよろしくお願いします。

立命館大学茨木キャンパスにて報告会を行った。photo:k.kitayama
photo:k.kitayama

【 あとがき 】
WJICFチームは久保田(関西大学)の49位で残りのメンバーはDNFという結果でした。オフシーズン間際のハイレベルな国際大会を経験することによって競技力の更なる向上、経験、チームでの協力体制を経験できたと思う。この経験を来季以降も学連大会、各々のチームで語り継ぎ、レースで大いに活躍してほしいと切に願う。

また、今回の遠征はたくさんの方のご協力なしでは到底行けない遠征であった。選手たちの海外レース出場にご理解していただいたご父兄の皆様、香川県自転車競技連盟、岡山県自転車競技連盟、大阪府自転車競技連盟、福井県自転車競技連盟、三重県自転車競技連盟の5つの各車連の事務局の方々、日本自転車競技連盟の大脇恒夫氏、白崎考紀氏、立命館大学自転車競技部OB足立和哉氏、西日本学生自転車競技連盟の皆様にはこの場をお借りして感謝申し上げます。

WC銅メダル獲得記念!橋本優弥選手/梶原悠未選手/古山稀絵選手 インタビュー

全国の学生自転車競技を愛する皆さん、こんにちは!
2017年11月13日(現地時間12日)、英国マンチェスターで行われた「2016-2017 UCIトラックワールドカップ第2戦」の女子4kmチームパーシュートで、日本チーム(梶原悠未選手/古山稀絵選手/橋本優弥選手/中村妃智選手/鈴木奈央選手)は同種目の史上初となる銅メダルを獲得しました。

(参考記事)https://morecadence.jp/keirin/4905

銅メダル獲得時の出走4選手は、古山稀絵選手(日本体育大)/梶原悠未選手(筑波大)/橋本優弥選手(鹿屋体育大)は現役の学連選手、そして中村妃智選手は日本体育大のOGで、すべて学連にゆかりのある選手でした!

この快挙を祝して本連盟では、学連出身の4選手に独自にインタビューを行いました!
前回は中村選手へのインタビューをお送りしましたが、今回は学連の現役選手へのインタビューです。三選手に同じ内容の質問をしてみました。
学連の試合では敵同士として戦っている彼女たち。どのような形で力を合わせ、素晴らしい記録を達成したのか、興味深いところです。

因みに、今年7月に行われた全日本学生選手権のポイントレースと3kmインディヴィデュアルパーシュートでは、この三人で表彰台を独占しています。

本ページのトップ写真とも全日本学生選手権時に撮影(2017年7月)

Q1:銅メダルを取った直後と現在で、心境の変化はありましたか?
橋本選手(橋)やる気が増しましたね。あの舞台に立てた事やみんなで喜んだことを思い出すと、ここで終わりたくない。またみんなで表彰台に乗りたい。と、強く思いながら練習に励んでいます。
梶原選手(梶)直後は嬉しさで感情が溢れ、このような快挙を成し遂げられたことに、とても興奮していました。現在は、次の目標へ向かって貪欲な気持ちに切り替えられています。
古山選手(古)取った直後も現在も信じられず嬉しい気持ちは変わりません。しかし今はしっかりと切り替え、新たな目標に向けてスタートしなければならないと思っています。

全日本学生選手権トラック ポイントレースを競い合う3人(2017年7月)

Q2:学連出身の選手とは、普段の試合ではライバルとして戦っていますが、チームワークを向上させるために何かやったことはありますか?
(橋)これといったことはありませんが、合宿の日数が増えたことでチーム全体で過ごす時間が多くなり、コミュニケーションが増えたことが良かったのかなと思います。
(梶)コミュニケーションです。レース前後だけでなく、レース中のコミュニケーションを心がけました。
(古)合宿等でメンバーと一緒に過ごす時間が増えました。そのため、コミュニケーションをとる機会も増え、よりチームワークが高まったと思います。

レースが終わればこんなシーンも(2016年7月 全日本学生選手権トラック)

Q3:最後に、このHPを見ているファンの皆さんへ一言お願いします。
(橋)いつも応援ありがとうございます。この度、ワールドカップ第二戦にて団体追い抜きで銅メダルを獲得することが出来ました。銅メダルが偶然と言われないよう、これからも頑張っていきますので、引き続き応援をお願い致します。
(梶)応援ありがとうございました。これからも団体追い抜きでは日本新記録を更新し続け、3年後の東京オリンピックの舞台では、表彰台に立てるよう切磋琢磨していきますので、今後ともよろしくお願いします。
(古)たくさんの応援ありがとうございました。リアルタイムで見てくれた方も多く、とても嬉しかったです。今後ともよろしくお願い致します。

ご回答ありがとうございました!

WC銅メダル獲得記念!中村妃智選手 インタビュー

全国の学生自転車競技を愛する皆さん、こんにちは!
2017年11月13日(現地時間12日)、英国マンチェスターで行われた「2016-2017 UCIトラックワールドカップ第2戦」の女子4kmチームパーシュートで、日本チーム(梶原悠未選手/古山稀絵選手/橋本優弥選手/中村妃智選手/鈴木奈央選手)は同種目の史上初となる銅メダルを獲得しました。

(参考記事)https://morecadence.jp/keirin/4905

銅メダル獲得時の出走4選手は、古山稀絵選手(日本体育大)/梶原悠未選手(筑波大)/橋本優弥選手(鹿屋体育大)は現役の学連選手、そして中村妃智選手は日本体育大のOGで、すべて学連にゆかりのある選手でした!

この快挙を祝して本連盟では、学連出身の4選手に独自にインタビューを行いました!
まずは、中村妃智選手のインタビューです。現在は日本写真判定に所属しながら選手生活を続けていますが、大学4年時の2014年 、伊豆ベロドロームで初めて行われた大学対抗選手権で、3kmインディヴィデュアルパーシュート/ポイントレース/チームスプリントの3種目を制覇しています!(チームスプリントは斎藤望選手とのコンビ:トップ画像はチームプリントのスタート時)

Q1:銅メダルを取った直後と現在で、心境の変化はありましたか?
東京オリンピックでのメダル獲得への可能性があると自分自身でもハッキリ確信を持ってトレーニングに臨めるようになりました。

Q2:現在社会人として競技生活を継続されていますが、学連での試合の経験が活かされた点はありますか?
学連時代はレースが多かったので、自分に合ったアップの仕方、調整の仕方を研究していました。現在は学連時代と同じ様な流れでレースに望んでいます。

Q3:同じチームの梶原選手、古山選手、橋本選手もすべて学連の現役選手ですが、学連の後輩の活躍ぶりについてどう思いますか?
どんどん学連のレベルが上がっていると日々思っています。いつも一緒に練習している仲間なので学連での結果も楽しみにチェックしています。

Q4:最後に、高校や大学の女子選手に対して、アドバイスがあればお願いします。
今を頑張ってください。私自身あの時なんでもっとやってこなかったんだろうと後悔している部分があるので(笑)。アジアはヨーロッパに勝てないと言われてましたが私達でその歴史を塗り替えていきます。 どんどん後世にその勢いが伝わっていけば嬉しいです。

2014年インカレでTSPを共に走った斎藤望選手とのウィニングラン          Photo by F.Fukai

ご回答ありがとうございました!

【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】~東大マネージャーが見た初心者からの挑戦・後編~

学生委員ブログをご覧の皆様、こんにちは。
東京大学自転車部競技班でチームマネージャーを務めております、4年の植田瑞貴と申します。

私が普段書いている東大自転車部の練習日記 http://d.hatena.ne.jp/ut-br/ を読んだ前学生委員長・方山さんからご指名をいただいて、昨年度から始まったこの企画。

これまでの連載はこちらから! 
【雨垂れ石を穿つ①順天堂大・原裕紀選手】-前編-
【雨垂れ石を穿つ②順天堂大・原裕紀選手】-後編-

私の所属する東大が初心者集団であることから、テーマは「大学から自転車競技を始めることについて」。高校以前に競技に触れたことがなかった選手たちは、何を感じ、どうやって上を目指しているのか。いろいろな大学の選手と私との対談形式でお届けしています!

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今回インタビューに応じてくれたのは、慶應義塾大学の3年生で、昨年度インカレ女子ロードレース優勝の戦績を持つ福田 咲絵(ふくだ さえ)選手

福田 咲絵(ふくだ さえ):慶應義塾大学

競技開始:大学1年2月
大学以前の運動歴:水泳、陸上
得意種目:ロードレース
主な戦績:2016インカレ女子ロードレース優勝
前編はこちらから!
【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】-前編-
【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】-中編-

今回は、福田選手インタビュー完結の後編。今までの大会についての思い、今後の目標と後輩たちへのアドバイスを聞きました。それでは、ぜひご覧ください!

***

―インカレに出たくて学連に来たわけだけど、もうインカレタイトルは取っちゃったじゃん(笑)。これからの目標は…?

福田●去年の最初に立てた目標はインカレ完走で、4年の最後のインカレで優勝するっていう計画でした。けど、(インカレタイトルは)取っちゃった(笑)
もちろんインカレは大学生選手としては重視して、勝たなきゃいけないっていうのはあるんですけど、今の目標は長期的にはオリンピックです。そのために、今年は全日本選手権で表彰台に上りたいので、それに向かって今は練習してます。

―この選手とはライバル、みたいなのってあるの?

福田●みんな脚質が違うので、一概にこの人、みたいなのはいないですかね。自分がまだまだ伸び続けていると思っているので、いまのところ壁は作りたくないな、って。どこまで成長できるか、楽しみです。

―最初から強くなりたい、っていう気持ちがあって、それはずっと変わってないんだね。

福田●どうせ同じ時間をかけるんだったら、妥協したくなくて。せっかくやるんだったら、中途半端では終わりたくない。負けず嫌いで、男子と一緒に練習したときに男子に負けるのすら悔しいんです(笑)。
もちろん最初はまったくついていけなかったんですけど、だんだんつける距離を伸ばしていって、地道にやっていけば、女子でも強くなれる。さすがにバンクとかだと勝てない部分も多いですけど(笑)。でもやっぱり長い距離とか上りとかだったら勝てるようになるので。

―トラック種目だと単純なパワー勝負になっちゃうところも多いから、さすがにしょうがないのでは(笑)。ハロン(200mFTT)とかはね…

福田●うーん、でもやっぱり全部負けたくないです(笑)

個人ロードTTにも出場。残念ながらパンクにて無念のリタイアとなった(2017.6.4)

―あはは(笑)。慶應の選手に話聞いたら、「登りは普通に福田に負ける」って言ってたよ(笑)。

福田●みんなに「ヒルクライム好きでしょ」って言われるんですけど、実はそういうわけじゃないんですよ。登りはきついですし、ヒルクライムだと永遠にきついのが続くので(笑)。ロードレースはきつくないときがありますけど。

―咲絵ちゃんくらい考えられる人だったら、ロードレースには考えるってところの面白さもありそうだね。

福田●いやー、海外レースを走らせてもらって、まだまだ考えられてないなーって思いました。難しくてまだまだ勉強中ですが、考えるレースは好きです。
自分より(脚としては)強い人にでも、考えれば勝てるというか。もっともっと考えて走れるような選手になりたいですね。

―どこまでいっても男子の方が単純な力としては前にいるから、目標は作りやすいかな。

福田●そこは恵まれてますね。常に自分よりちょっと強い人、1.1倍くらいの人が練習相手だといいじゃないですか。
男子だと、チームで一番強くなっちゃうと練習相手に困ったりしますけど、女子だと必ず男子選手が上にいるので。そこで頑張ってついていけば必ず強くなる、っていうのは樫木さん(樫木祥子選手。駒澤大学OG、AVENTURA AIKO VICTORIA RACING所属)も言ってましたし。(女子選手は)結構みんな実践してます。

―樫木さん…私、2014年のジャパンカップで初めて樫木さんのレースを見て。そのとき樫木さんは機材故障かなにかで結果が出なくて、フィニッシュ後泣いてたんだよね。
それを見て、ああこの人はこんなに競技に懸けてるんだ、って思って、そこからひそかにファン(笑)。やっぱり咲絵ちゃんもそうだけど、一生懸命なにかを懸けてやってる人は応援されるよね。

修善寺オープンロードでは樫木選手に勝利し優勝の座を獲得した(2017.5.21)     ※ページトップ写真は修善寺オープンのフィニッシュシーン

福田●負けて悔しくないってことは、そこまで頑張ってないってことかなと思います。スポーツも勉強も全部そうかな。私も去年とか、悔しい思いを何度もしました

―今までで一番悔しかったレースは?

福田●全日本と、実業団の宇都宮クリテ…完走すらできなかったんです。
宇都宮クリテは初めての実業団レースだったんですけど、もう号泣で…走りながら泣いて、走り終わってから泣いて。その一週間前に、ホビーレースの大磯クリテビギナーで優勝して、調子に乗ってたんですよね(笑)。こんなもんか、って(笑)。
全日本は、レース前の調整もうまくできなくて。なので、今年懸ける思いは強いです。
やりきった負けとそうじゃない負けがあるじゃないですか。順位よりも、内容が悪い方が悔しいですね。例えば…個人ロード(2016)は残りちょっとのところでパンクしちゃって。悔しいんですけど、でもちゃんと最後まで出し切れたので、後悔はしてないというか。

―個人ロードは…そうだね。(試合前から、咲絵ちゃんが強いっていう)噂は聞いてたんだけど、パンクなければ優勝してたかもしれないくらいの結果だったし、「福田さん思ってたよりずっと速いぞ」って話題になった(笑)。初めて私と咲絵ちゃんが話したのもたぶんその時で、「これからの学連を背負う選手なので」っていって慶應の誰かに紹介された(笑)。

福田●えっそんな(笑)。いやいやいや(笑)。

―応援してくれる人も増えたでしょ。

福田●そうですね。チームメイトだったり、友達だったり、監督だったり。特に親には感謝してもしきれません。
平日は大学行って、バイトしてってなると、どうしても練習時間は早朝と深夜にしかとれないことも多くって。夏は3時半起きで練習に行ったりもします。
そんなめちゃくちゃな生活時間を許してもらえるのは、本当に感謝しています。たくさん迷惑をかけているので、もっともっと結果で恩返しがしたいですね。

―大学、経済学部だっけ。両立が大変だよね。

福田●そこはうまくやるしかないですね。レポート書くときは、タイマー置いて(笑)。「2000字だから、2時間」とかって決めて終わらせて、別のことしたりしてます。
あんまりだらだらしたくなくて、勉強するときは勉強、テレビ見るときはテレビ、寝るときは寝るみたいな感じです。私、ローラーしながら音楽聞くとかできなくて…不器用なんです、たぶん(笑)。
今年からキャンパスが変わって通学時間が伸びて、ゼミも始まって忙しくはなると思うんですけど…時間がないって言われた方が、練習できるっていうのはあります。その時間しかないから、そこでやるしかないかなって。

―大学生ライダーの鑑だ(笑)。そういえば私、この間高校生の女の子と知り合う機会があったんだけど、その子が「大学に入ったら自転車競技を始めて強くなりたいんです、慶應の福田さんみたいに」って言ってたよ。

福田●えっすごいですね!ええ~!(笑)嬉しい…。
知ってもらってる、ってことがまず嬉しいですし、もっと目指してもらえるような強い選手になりたいですね。

―これから自転車競技始めます、っていう人に言いたいことってありますか?

福田●自転車競技は大学から始めても遅くないって思うんです。だから、恐れないで始めて欲しい。
最初はとにかく実走で乗り込むことが大切だと思います。あとはレース出て経験して、反省して上手くいかなかった部分を練習に落とし込んでいくことを繰り返せば必ず強くなれると思います。

―そうやって新しい舞台に行けば、考えられることは増えるよね。

福田●海外レースを走ったことで、考え方が大きく変わったところも多いです。新しい課題が見つかって、それを克服することが続いていくからこそ、楽しいっていうのはあって。
それがなくなったら、楽しくないんだろうなって思います。なんでしょうね…楽しんでます。楽しむことが大事なのかなって、思います。
ただただ練習するんじゃなくて、何を目的として練習しているか、っていうのは常に考えてます。考えてるのと考えてないのだと、同じ練習をするにしてもぜんぜん違うんじゃないかなって思ってるんです。私も考えきれてるわけじゃないので、常に考えなきゃな、って思ってます。

***

私もスタッフとして4年間いろんな選手を見てきて、考えて走ること、練習することの大事さはとても感じています。しかし一方で、それを意識することが難しいのも事実です。これから強くなろうとする人にとって、とてもいいアドバイスだと思います。
今後のより一層の活躍に期待して、応援しています。

福田選手と筆者(2017.6.4 個人ロードTT会場にて )

 

(「雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手 連載おしまい)

【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】~東大マネージャーが見た初心者からの挑戦・中編~

学生委員ブログをご覧の皆様、こんにちは。
東京大学自転車部競技班でチームマネージャーを務めております、4年の植田瑞貴と申します。

私が普段書いている東大自転車部の練習日記 http://d.hatena.ne.jp/ut-br/ を読んだ前学生委員長・方山さんからご指名をいただいて、昨年度から始まったこの企画。

これまでの連載はこちらから! 
【雨垂れ石を穿つ①順天堂大・原裕紀選手】-前編-
【雨垂れ石を穿つ②順天堂大・原裕紀選手】-後編-

私の所属する東大が初心者集団であることから、テーマは「大学から自転車競技を始めることについて」。高校以前に競技に触れたことがなかった選手たちは、何を感じ、どうやって上を目指しているのか。いろいろな大学の選手と私との対談形式でお届けしています!

***

今回インタビューに応じてくれたのは、慶應義塾大学の3年生で、昨年度インカレ女子ロードレース優勝の戦績を持つ福田 咲絵(ふくだ さえ)選手

福田 咲絵(ふくだ さえ):慶應義塾大学

競技開始:大学1年2月
大学以前の運動歴:水泳、陸上
得意種目:ロードレース
主な戦績:2016インカレ女子ロードレース優勝
前編はこちらから!
【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】-前編-

中編では練習と初の海外遠征・BIWASE CUPの経験について語ってもらいました。それではぜひご覧ください!

***

―最初は実業団スタートだよね。全然実業団のことを知らないんだけど、練習に行って教えてもらうって感じだったの?

福田●いや、クラブチームなんで、指導者がいるっていう感じではないです。強い人にひたすら引きずり回されて(笑)、それにひたすらついていくっていう感じです。これがレースの100倍くらいきついんです(笑)。
本当にきついですけど、自分1人では絶対に出せない強度なので、引きずり回してくれるチームメイトには本当に感謝しています。
あとは、走っているときにいろいろアドバイスをしていただいたり。下りのフォームとかは今もまだ勉強中です(笑)。
そんな感じなので、基本は自分でメニューを組んでやってます。

―組む時はなにを参考にしてるの?

福田●目標にする大会のコースプロフィールと去年の結果をそろえて、勝負所になりそうなところに近いものの反復練習、みたいな感じですね。
あとは、中学高校時代にやってきた陸上とかのメニューを参考にして…陸上では距離でやるんですけど、それを時間換算にしてます。競技は違うけど、体を使うスポーツっていうところは同じじゃないですか。

―その辺は今までの経験が生きてるというか。

福田●陸上の時の練習ノートを見返して一年分くらい全部(データとして)落とすと、自転車やってるときと同じような傾向が出るので。
もちろん中学生のときと今を比べると(体力的に)練習量は全然違うんですけど、冬だったら短い距離より長い距離の練習が多い、とか参考程度に。

―大学生で、選手としてプレーしつつ自分で考えて分析をできる人って、そうそういないと思うよ…!

福田●いやいや(笑)。何も考えずにただ練習に行くだけ、っていうのが、嫌で。とりあえずやればいいって思ってる人も多いですけど、それじゃ強くなれないかなって。時期によって自分が強化したいところを、重点的にやったりしたいんですよね。
…こんなこと言ってると「まだまだ考えてないだろ!」って言われちゃいそう(笑)。
ちなみに機材いじりは大っ嫌いなんです(笑)。

―えっ、そうなの(笑)。ハンドル幅とかのこだわりは?

福田●いや、なんにも…(笑)。たまたまいい自転車で自分に合ってたのかもしれないんですけど、ハンドル幅も、サドルも、何一つ変えてないです。買ったときのそのまんまです。
去年はポジションも何も考えないで乗ってたんです。でも去年レース終わってから、すごく変えました。去年はただ登ることしかできなかったんですけど、今年は平地とかも強化して。
私、変わるっていうことが怖くて。今までうまく走れてたものが、変えることによって走れなくなったらどうしようって恐怖があって、シーズン中はおかしくてもいじらなかったんです。

―それでもシーズンが終わって、もっと強くなるためにやらなきゃ、って?

福田●次に強くなるためにはどうしたらいいかって考えて、じゃあまずポジションいじろう、って思いました。
その次に、去年は全然平地とかアタックとかダメだったので、(その対策として)大嫌いなトラック始めたりとか。苦手克服というか、これじゃダメだな、と思ってたので。

学連TRSや静岡県車連主催のトラックレースにも積極的に参加した (写真は2016年度TRS第5戦 2016.12.3)

福田●あと、練習を記録するってすごく大事だなって思っています。練習を記録することは、後から振り返る時のためになるので。調子が良かったときはこういうことやってたなー、とか、レース前これを食べてたな、とか。
さらにレース前に見返して、これだけやったなら大丈夫っていう精神安定剤にもなりますね。やっぱり練習と自信ってイコールだなってすごく感じています。なので基本は全部自分でメニューを組んで練習してます。

―ちなみに何食べてるの?

福田●えっと、この時間にカフェラテを絶対飲まなきゃダメ、とかジンクスがあったんです。
ただ、今はベトナム遠征でアップできないまま出走したり、食べたいものが食べられるわけでもなかったりしたのを経て、何が起きても動じなくなったというか。
タフになって、何食べても大丈夫なんですけど…(笑)。

―なるほど。ベトナム遠征の影響は大きかったのね(笑)。
(注:2017/3/8-16にベトナム・ホーチミンで行われたBIWASE CUP2017)
初めての国際レース、どうだった?

福田●国内のレースとは全然違いました。国内は体力勝負で、地脚がある人が勝てるレースですよね。集団になることは少ないし、なっても牽ける人も少なくて、お互いにみんな脚質も、得意なことも苦手なこともわかってる。
ですけど、海外はそうじゃないので、すごく頭を使いました。それに速度も速くて、120kmのレースでアベレージ40何km/hとかで。国内の男子のレースよりも速いくらいで、最初の1時間とか2時間はアタック合戦がずーっと続いてました。
国内のレースで勝つだけだったらひたすら練習すればいいと思うんですけど、海外のレースで活躍しようと思ったら経験も積まなきゃいけないなって。今回は、「そうじゃない!」って怒られたりもして…(笑)。私は、まだまだって感じです。

―咲絵ちゃんの練習日記は読んでるんだけど、あのレースレポートは読んでて途中で誰がどういう状況なのかよくわからなくなって(笑)。それくらい考えることが多そうだなと思った。
個人的には、レースが終わった後にその詳細を反復できる人は、考えて走ってる人が多いように思ってるんだよね。それをステージレースで毎日やってるんだもんな、すごいなって思ってた。

福田●毎日、次の日は同じことを間違えない、って思ってました。本当に私、不器用なので、いきなり最初からできたりはしないんです(笑)。

―まず国内でもそういうレースができる機会があるといいよね。学連は最近(大学学連登録以外の)女子選手のレース参加者を募集してるし、実際に走ってる身としては女子選手どんどん増えて!って感じ?
(注:女子選手がオープン参加が可能な大会について

精鋭集団もレースが終わり私服に戻れば今風の大学生に変身!(2017.6.4 個人ロードTT会場にて)

福田●そうですね。TRS(トラックレースシリーズ)とかだと、(学連選手だけだと)ポイントレース走ってても人数が少ないので…もっともっと増えて欲しいな、って。

***

大学より前のスポーツ経験と知識を活かすことと、考えて練習することを継続して、迅速に着実に強くなった福田選手。その努力には頭が下がります。
次回は福田選手インタビュー完結の後編。今までの大会についての思い、今後の目標と後輩たちへのアドバイスを聞きました。次回更新にご期待ください!

【雨垂れ石を穿つ②慶應義塾大・福田咲絵選手】~東大マネージャーが見た初心者からの挑戦・前編~

お久しぶりです。
東京大学自転車部競技班でチームマネージャーを務めております、4年の植田瑞貴と申します。

私が普段書いている東大自転車部の練習日記 http://d.hatena.ne.jp/ut-br/ を読んだ前学生委員長・方山さんからご指名をいただいて、昨年度から始まったこの企画。

これまでの連載はこちらから! 
【雨垂れ石を穿つ①順天堂大・原裕紀選手】-前編-
【雨垂れ石を穿つ①順天堂大・原裕紀選手】-後編-

私の所属する東大が初心者集団であることから、テーマは「大学から自転車競技を始めることについて」。
高校以前に競技に触れたことがなかった選手たちは、何を感じ、どうやって上を目指しているのか。いろいろな大学の選手と私との対談形式でお届けしています!

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今回インタビューに応じてくれたのは、慶應義塾大学の3年生で、昨年度インカレ女子ロードレース優勝の戦績を持つ福田 咲絵(ふくだ さえ)選手

福田 咲絵(ふくだ さえ):慶應義塾大学

競技開始:大学1年2月
大学以前の運動歴:水泳、陸上
得意種目:ロードレース
主な戦績:2016インカレ女子ロードレース優勝

学連デビューは2016年5月の修善寺オープンロードレース大会。
学連レース初出場ながら、1位の昨年度インカレ・個人ロード覇者の樫木祥子選手(学連OG)からたった2秒遅れの2位。

その3か月後の8月には、なんとインカレ女子ロードレースを制覇。序盤から前を引き続け、ラスト30kmは単独逃げ。ペースを緩めることなくゴールへ。競技を始めて半年とは到底思えない圧倒的な強さで、大きな話題となりました。

単独で逃げを決める福田選手(2016年インカレにて)
インカレ初出場で初優勝をはたした(2016.8)

 

3月にはBIWASE CUP出場のため日本チームとしてベトナムに遠征。アシストとしてチームメイトの唐見実世子選手の総合首位を守りつつ、個人総合成績3位を獲得する快挙を達成したことも記憶に新しい福田選手。

この遠征からの帰国後、話を聞くことができました。それではぜひご覧ください!

***

―咲絵ちゃんは一番最初にサークルでサイクリングをしてたんだよね。始めたのはなんでだったの?

福田●高校までは勉強と部活、行事しかできなくって、忙しすぎて旅行とかも一切行けなかったので、旅したいなーって思っていて。ただ旅するよりも、体力も鍛えてきたから自分の力で旅したいな、っていうのと、その方が達成感があるな、っていう思いがあって。サイクリングサークルの新歓に行ったら楽しくて…風切る感じが!それで、入っちゃいましたね。

―それで気づいたら追い込む感じになってた、みたいな…(笑)。

福田●綺麗な景色を見ることが好きなので、おのずと山に登ることになって。
(走力が)上の班に行くといっぱい走れるから、いっぱい綺麗な景色が見られるんですよ。

―ああ、班分けがされてて、その上の班に行きたい!ってなったのか。

福田●はい。速い先輩たちについていきたくって最初は無理してたんですけど(笑)、必死についていってる間にだんだん走れるようになってきて。
最初はサークルの週一回くらいの活動だけだったんですけど、夏過ぎたくらいから物足りなくなっちゃって(笑)。毎月自分で一人で旅行を企画して、四国一周したり、各地の島を回ったり、そんなのをやってました。

そのうちホビーレースにいくつか出てる先輩から、「実業団チームの本拠地みたいなところに行ってみない?」って誘われて、「あっじゃあ行きます!」って興味本位で行っちゃったんです(笑)。
けど、練習会で、もう五秒くらいで千切れちゃって。やっぱり競技とサイクリングは全く別物で…でも千切れたり、負けたりするのがすごく悔しかった。ただの負けず嫌いですね(笑)
そこで「(競技を)やるか?」って言われて「やります」って。「女子選手は少ないし、ホビーレースでやるよりも実業団登録しな」ってアドバイスをもらって、その日に登録しちゃいました

―もういきなり登録したんだね(笑)。それで部に入る前に実業団で一か月くらいやってたんだっけ。

福田●はい。去年の二月くらいに実業団の練習に初めて行ったんですよ。その時に、ちょうど樫木さん(樫木祥子選手。駒澤大学OG、現AVENTURA AIKO VICTORIA RACING所属)がその練習会にゲストで来てて、「(大学チームに所属して)学連でも走りなよ!」って(誘われて)。
部に入るかはすごい迷ったんですけど…でも、話を聞いてて、インカレに出たい、私もインカレで勝ちたい、っていう思いが強くなったんです。
ただ、私の中では「体育会」っていうと毎日拘束されて、他の事できないんじゃないかなって思っていて、ハードルが高かったです。高校まで部活と勉強に縛られてたのを、大学では留学したりとか、バイトしたりとか、いままでできなかったことをやろうと思ってたので。

―それができなくなっちゃうのは、嫌だなあと。

福田●はい…あと女子選手がいないっていうのも不安で、実業団だけでもいいかなって思ったんです。だけど、インカレで勝ちたいっていうのと、実業団の練習が週一回だけだったので、(入部したら)もっと練習回数も増えて強くなれるかなっていうのもあって、入部することにしました。

―自転車部に入ったのはいつなんだっけ?

福田●一年の三月、中旬くらいだっけ…?神宮(明治神宮外苑クリテリウム)のころで。去年神宮を見に行って部員みんなに挨拶したって感じです。「初めまして、来年ここで走ります、頑張ります!」って。でも結局出られなかった…(笑)。
(注:今年度の明治神宮外苑クリテリウムの日、福田選手はBIWASE CUP出場のためベトナムに遠征していた)

―あはは(笑)。
いろんな選手を見てて、自転車を楽しめることって根本として結構大事なのかな、と思うんだよね。落車とかすることもあって、そうすると練習できなくなって、しばらくは弱くなっちゃうじゃん。そこで嫌になっちゃう人とかも結構いる気がするので…競技関係なく自転車続けられるかどうか、みたいなところは、あるかなって。
レースとサイクリング、どっちが好き、とか楽しい、みたいなのってあるの?それはもう別物?

福田●両方楽しいです。もともとサイクリングから始めたのもあって、自転車に乗ることそのものが好きなので。
将来は、またサイクリングしたいなって思ってます。老後でも、サイクリングは時間とお金があればできると思うんです。でも、競技はやっぱり体力も環境も必要だから、今しかできないのかなって思って、じゃあ今しかできないことを全力でやろうと思って。大学のサポートがある今だからやりやすいので。

―慶應はもともと女子選手がいたことがあるわけではないのかな?入部するって言ったときはスムーズに入れたの?

福田●快く迎えてもらいました。一応(女子選手が)むかーしにいたことはあって、あとは留学生で短期で来ていた人がいた、みたいなことはあったみたいです。

―自転車は、特にロードなんかは持久系のスポーツだから、特に一人だと練習を継続していくのが結構つらいっていう話はいろんな選手から聞くんだけど、咲絵ちゃんはそんなことない…?練習ブログ見てるとかなりの量練習してるよね(笑)。

福田●うーん…、練習はもちろんきついです。試合より何倍も、何十倍も(笑)?
けど、練習でできないことが試合でできるわけはないし、試合で負けるのが1番嫌なので(笑)
水泳や陸上はゴールまでに全ての力を出し切る競技だけど、ロードはいかに脚を勝負どころまで溜めて勝負できるかなので、そこが1番水泳や陸上と違うところだなーって思います。
まあ、そこが難しくて、ロードの面白い部分でもあると思います。

―やっぱりきついスポーツではあるけど(笑)、新しい競技を大学で始めようと思ったとき、自転車っていう選択肢は結構いいと思うんだよね。
だけど、女子選手で初心者で始めて強くなるっていう人はそんなに多くない…。女子の競技者人口が少ないのはなんでなんだろうね。

福田●危険を伴うスポーツだっていうのと、足が太くなるっていうイメージが強いのと(笑)、…競技人口が少ないから、一人で練習することが多くなる、っていうのもありますかね。
あとは女子の方が選べるウェアとか、自転車とかが少ないっていうのも。私は背は159cmで、普通に乗れるんですけど。

―あ、咲絵ちゃんが乗ってるフレームってFocusだったよね。ミントグリーンの。あれ可愛いよね…!

福田●ありがとうございます!

他の選手で、あんまり(自転車の見た目を)気にしない人もいっぱいいますけど、私はそういうの結構こだわってます。シューズのバックルの色とかも変えてます(笑)。

―バーテープもピンクだったよね。可愛い。

福田●そうなんです。みんなに(カラーリングが)おもちゃみたいって言われて、おもちゃ屋さんで売ってるでしょって言われたりもするんですけど(笑)。
私はやっぱり好きなのじゃないと続かないかな、っていうのがあって。楽しんでます。

自転車や装備のカラーリングにもこだわる(木祖村個人ロードにて 2016.7)

***

まずは自転車を始めたきっかけと自転車への愛着を語ってくれた福田選手。中編では練習と初の海外遠征・BIWASE CUPの経験について語ってもらいました。次回更新をお待ちください!

文武の道にいばらあり!③ 慇懃高校生、スライム系大学生になる!?

みなさんこんにちは!慶應義塾大学の大前翔です。
さて、最終回となる今回は、前回ご説明した私自身の完璧主義を題材にし、まずは医学部を志望した経緯を振り返ってから、完璧主義を崩壊させた1つの大事件を振り返ります。

過去の大前選手の記事はこちらから!
文武の道にいばらあり!①
文武の道にいばらあり!②

YouTubeでツールドフランスの動画を見て自転車競技の面白さに取り憑かれ、私は自転車競技を始めることにしたのでした。それが、中学3年生の秋です。
本当は、すぐにでも始めたかったのですが、機材も、ウエアも、知識も何もなかったものですから、暫くは、水泳の練習を続けながら、自転車競技に関する情報を収集する日々を過ごしました。
そして、年が明けた1月、苦肉の策の移籍から2年半、お世話になったスイミングクラブを辞め、なにひとつわからない、誰も導いてくれない自転車競技の世界に足を踏み入れました。

ガッツリ初心者感を漂わせる、初めてロードに乗る前の記念写真

この過程が、勉強の方にも、私の心境に大きな変化を及ぼしました。医学部を目指すようになったのです。

自転車競技のトレーニングの大きな特徴は、「自分の運動を定量化して可視化できるデバイスが存在し、そのデータを後々にわたって管理できる」ということです。
つまりは、サイクルコンピュータ、突き詰めればパワーメーターのことなのですが、私の眼にはこれが、新しい希望の一筋のように写ったのです。

もともと、自分自身がスポーツをすること以外に、トレーニングを構成する側、つまりトレーナーやマッサーの仕事にも興味があった私は、自転車競技を始める過程で、「自分が自分のトレーナーになる」ことをとても楽しみにしていました。
それで、トレーニングに関する書物やウェブページを読み漁り、基礎知識を習得したのでした。試験の勉強はよくできたものの、自分の将来についてあまり深く考えていなかった私でしたが、ふと「アスリートを支えるトレーナーか、マッサーになれたらいいな」と考えました。しかし、慶應義塾の学部の中に、それらになることのできる学部は存在しません。
そこで、それらを包括する、医学部の選択肢が挙がりました。より深く調べると、マッサーやトレーナーとして活動する上で、医師免許をもっていると優位性がある、といったことが分かってきました。こうして、私は医学部を目指す覚悟が決まりました。

慶應義塾の自転車競技経験者はそのほとんどが高等学校からの内部進学者で、その他7割以上の部員は大学から自転車競技を始める

医学部を目指すとなると、内部進学でもその勉強は至難です。700人いる1学年のうち、医学部に進学できるのは22人。常にクラス1位の成績をキープしていないと、医学部進学に安心な内申点は確保できません。

そして、この内申点を巡って、私の完璧主義が、思わぬところで打ち砕かれることとなるのです。

高校2年生の後期期末試験の2週間前、私は発熱、悪寒、関節痛に襲われていました。インフルエンザです。私の場合、クラスで1位をとるための定期試験の勉強は、試験3週間前くらいから始めて、2週間前くらいから本腰を入れるのが通常です。
しかし、インフルエンザのせいで、机に向かうにも頭は働かず、かといって寝て回復を待つだけというのも私の精神が許すわけもなく、病体に鞭を打ち、3時間睡眠で勉強を続けました。そのためにインフルエンザの症状も長く続きましたが、1週間ほどで完治し、それからはさらにギアをかけて、1時間半睡眠で勉強に取り組みました。
ご飯の時間も、母におにぎりを握ってもらって食べながら資料を読み、湯船に浸かる時もふたの上に教科書を載せて読みました。また、眠気を抑えるため、コーヒーを時に一日2リットル飲むこともありました。当然胃は荒れましたが、私の完璧主義は、インフルエンザで勉強できなかったことが期末試験の成績を低下させることを許しませんでした。

16年度浮城のまち行田クリテリウムでクラス1に昇格

そうして結末は、皮肉なことに、期末試験2日目の夜に、自律神経失調によって倒れてしまったのです。
意識を失ったわけではないので今でも覚えていますが、なぜか涙と声だけは出て、自分の意思は明瞭にはわからない、そして全身は硬直して動かない、そういった状態で、リビングで、両親の目の前で、倒れてしまったのです。

精神的、神経的なものだったので、症状は1時間ほどで収まり、体は鉛のように重たいながらも動かせるようになりました。救急車は呼びませんでしたが、翌日は試験を休んで病院へ行くことになり、その診断結果からそれ以降の試験も休むことになり、残りの試験を受けることができませんでした。
勉強に関して、人生で初めての挫折です。それも、実際に試験を受けて挫折したわけではないのが、最も大きな問題です。中島敦の『山月記』の言葉を借りれば、「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」によって、私は試験の点数が悪いかもしれないという危惧から試験を受けることができず、また試験を受けずして挫折したのでした。
これは私にとって、かなりショッキングでした。

最終的には、試験の成績は、日頃の私の頑張りを見てくださっていた高校の先生方が、見込み点を高く評価してくださったおかげで、医学部進学に全く差し支えないものに収まっていました。
しかし、試験を受けずして高い成績をもらった自己への反省は深く、また自身の完璧主義への強い執着が招いた失態を重く捉え、それからは、自分を無理に追い込むことは一切やめました。
つまりは、完璧主義からくる義務感で物事を遂行しようとすることは一切なくなりました。

16年度学生個人ロードでの筆者

高校2年生までの私にとって、「文武両道」、及び、勉強とスポーツそれぞれで結果を出すことは、私自身の展望ではなく、義務となっていました。
完璧主義がそれらを縛り付け、尊大な羞恥心によって、それらが達成できなさそうな時は、逃避に走ってしまっていました。先に述べた一大イベントによって、私の完璧主義は打ち砕かれ、私は今「展望」として、文武両道を掲げています。

人間、頑張っても無理なことはあります。然るべき時に出来る精一杯を尽くして、それでもどうにもならなかった時には、大人しく赤っ恥をかけば良いのです。
高校2年生以前の私は、それができませんでした。

こうした心境の変化は、レースやタイムトライアル、試験直前やプレゼンテーションの前など、いわゆる「本番前」の精神状態に、安定をもたらしてくれます。

以前の私なら、「本番はこうでなくてはならない」という理想像に縛られて、それを実現するために、必要以上の緊張と不安を背負っていました。
対して現在は、「今、本番に向けて出来ることは何もない。本番が始まったら、大人しく全力を尽くすだけ。その結果がどうなっても構わない。」と考えることにより、プレッシャーが驚くほど減少しました。
定期試験の前日や当日朝に「謎の余裕」を感じる人は多くいると思いますが、そういう人の心理状態は、これに近くなっているのかもしれませんね。

プレッシャーなく試合に臨めたことも、インターハイ2位という成績を残せた理由の1つ

3回にわたり、文武両道をテーマに、私の20年の人生のターニングポイントを振り返ってきました。この文章を通じて、「何かしら」を感じ取ってくださったら、本望です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

文武の道にいばらあり!② 水も滴るマッスル中学生、車輪も回る汗だく高校生になる

みなさんこんにちは!慶應義塾大学の大前翔です。
さて、前回は、文武両道というテーマで、私の幼少期から少年期までを振り返りました。
今回は、私の中学校時代の、人生を賭けてきた水泳というものへの心情の変化から、自転車競技を始めるところまで、綴らせて頂きたいと思います。

過去の大前選手の記事はこちらから!
文武の道にいばらあり!①
小3、JOCカップ決勝にて(大前選手は手前から二人目)

小学校4年生の終わりの春、私が全国大会で、年代別優秀選手に選ばれるほどの活躍をしたことは前回書きました。それで、暫くの間、私はすっかり有頂天になってしまったのでした。

快挙とも言える活躍をしたJOC以降、私のベストタイムの伸びは、一切止まってしまいました。毎試合、大体ベストタイム+0.5秒くらいのタイムが上限だったように記憶しています。
ベストが出ない焦りや苦悩はありましたが、それでも、東京都や関東レベルの試合なら十分優勝でき、周りから賞賛されるタイムだったので、私はそれについて暫く楽観的でした。
しかし、その後1年間、タイムは更新されることがなく、状況改善のためにと繰り返したフォーム改善などの試行錯誤が全て裏目にでて、むしろ3秒も、1年前のベストタイムから遠ざかってしまったのです。

ここまで、トントン拍子で成績を出してきた私にとっては、これが人生で最初の挫折でありました。ただひとつ、ベストを更新できない自分を許容する心の支えとなっていたのは、自分が中学受験の勉強のために、水泳の練習の比重を従来よりも少し落としていたことでした。
さしずめ、小5、小6の2年間は、水泳ではベストタイムこそ更新できませんでしたが、受験が終われば、また水泳に熱中して、全国でも活躍できる選手に戻るはずと信じて、地道に水泳と勉強の両立を続けたのです。

小4、JOCカップ表彰式にて

ところが、無事中学校に合格して、水泳に熱中できる環境に戻ってからも、私のタイムは芳しくない状態が続きました。
苦肉の策で、7年間通い続けたスイミングクラブを辞め、神奈川県にあった名門スイミングクラブに入籍し、毎日必死で練習に取り組みました。

前回述べた、のちに共にリレーメンバーとして全国中学優勝を果たすことになる同期たちは、中学校入学当初は、まだ私よりも持ちタイムの遅い3人でした。
しかし、中学入学後、スランプに陥っている私を横目に、3人はグングンタイムを伸ばしていきます。つられるようにして、私も若干タイムを更新できるようになりましたが、成長のスピードの差は歴然、日に日に私は同期たちに追いつかれていきました。

スランプの時期。タイムが出ないだけに、ベストを更新できた時は嬉しさに観客席の父へガッツポーズする

勉強の方も、私をさらに追い詰めました。私の中学校は、毎週理科実験を行い、1週間後提出の持ち帰りレポートを書くという特殊な伝統があり、学年1,2の成績を争っていた私は、そのレポートにも甚大な時間を割いて注力せざるを得ませんでした。

自分の完璧主義がそうさせたのです。日々のハードトレーニングと睡眠不足が重なり、肉体的にも精神的にも追い込まれた日々を過ごしました。

中学3年生、中学最後のシーズンは、チームの主将を任されました。私以外のリレーメンバーはそれぞれ個性が強く、彼らを客観視してまとめる事を、コーチが私に期待したのでした。
「泳ぐのが遅い主将」、そんな言葉が頭をよぎって、そう言われない為の一層の努力をし、全身全霊をかけて練習して、最後の全国中学に臨みました。

結果は前回述べた通り、リレー2種目制覇、連覇達成。私のタイムもリレーメンバーの足を引っ張るものではなく、最終的には大成功、私の中学校の水泳部創部以来の快挙となりました。

そして私はある種の「出し切った感」を感じたのです。

物心ついた時から続けてきた水泳。それをやめるなんて選択肢は、私の頭にはその時には微塵もありませんでした。
しかし、全国中学が終わって暫く精神的に落ち着いた日々を過ごし、冷静になってみると、再び私が、リレーでなく個人種目で、全国のトップの舞台で戦っている姿を、想像できなくなっていることに気づきました。

人生の早い段階で、全国のトップでの活躍というものを経験してしまった私は、それ以降、ノルマがそのレベル以上に設定されてしまい、生半可な成績やタイムでは、満足できなくなってしまいました。中学校時代、勉強を3年通じて頑張ったのも、入学後最初の定期試験で、学年2位をとってしまったからです。
つまり、私は自身の完璧主義や過度の向上心によって、自分自身をより高い方向へ追い詰めていこうとする気質があるのです。全国のトップでの活躍が期待されない以上、あれだけ熱中し、青春を費やした水泳は、もはや私にとって面白いスポーツではなくなりました。
強い選手の研究のために一日30分時間を作って見ていた世界水泳の録画を見なくなり、YouTubeをサーフィンするようになりました。そしてその折、新たな光がふと私の眼に舞い込んできたのです。

小4、JOCカップスタート前

文脈から想像がついた方もいらっしゃると思います。これが私の自転車競技のルーツなのです。YouTubeでツールドフランスの動画を見て、取り憑かれてしまいました。
自分の脚ひとつで標高2000m級の山を軽々超え、3週間かけてフランス1周する。こんな頭のネジが外れまくった競技が他にありましょうか。

水泳をやめて自転車をやりたい、という両親への告白は、私が両親とこれまでしてきた対話の中では、群を抜いて一番シリアスで、緊張しました。最初は父は難色を示しましたが、私の決意が固いのを分かってくれ、最終的には認めてくれました。

中学時代の水泳に対する心情の変化から、自転車競技を始めるところまでを振り返りました。
最終回となる次回は、私を競技転向に導いた岩壁のように硬い完璧主義を打ち砕いた一大事件を振り返り、現在私が文武両道という言葉に対して抱いている私見を述べて、締めくくりたいと思います。
ぜひご一読ください!

ぶらり部室と寮の旅【⑥鹿屋体育大学編】

全国の大学自転車競技ファンの皆さん、こんにちは!
日本学生自転車競技連盟学生委員長の方山堯です。
すでに恒例化したこの部室取材記事、今回は鹿屋体育大学の中井彩子選手に鹿屋体育大学の”倉庫”を紹介してもらおうと思います。
それでは中井選手、よろしくお願いします!

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みなさんこんにちは!鹿屋体育大学の中井彩子です。
今回の部室記事は、全国でただ一つの国立の体育系大学、鹿屋体育大学です!

2016年度インカレでは男女総合優勝を果たしました!

16年度インカレ1㎞TT優勝、ナショナルチームでも活躍する、堀航輝選手(3年)、
大学から自転車競技を始めた一般入学生、新田東弥選手(1年)、
そして私、「こけし」の愛称でお馴染みの、中井彩子(2年)でお送りいたします。

過去の「ぶらり部室と寮の旅」はこちらから!
ぶらり部室と寮の旅【①早稲田大学編】
ぶらり部室と寮の旅【②龍谷大学編】
ぶらり部室と寮の旅【③京都産業大学編】
ぶらり部室と寮の旅【④同志社大学編】
ぶらり部室と寮の旅【⑤大阪経済大学編】

Q.部室について教えてください。

堀「ここでは部室ではなく、『倉庫』、とみんな呼んでいますね。とにかく、広い!(笑)」

新田「奥に入ると、団らんスペースもありますものね!僕にとっては、お家のような落ち着く場所です。授業の空き時間や昼休みにフラっと帰ると、必ず誰かしらいて。」

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ローラー練習もバッチリ、天井にはcannondale バイクがズラリ。

中井「そこで誘い合って一緒にご飯いったり、自主練でロードに出たりとか。テスト前になると、勉強室になったりしますよね~。
勉強できない子は、倉庫に行けば先輩たちの優しーい講習が受けられるかも(笑)

堀「ロッカーや、テレビ(モニター)、冷蔵庫もあって、ほんまに家かってくらい!ローラー8台、パワーマックス、ワットバイクとトレーニング機器もそろっとるし。ミーティングも倉庫に集まってできるし。」

堀「あとは倉庫から出てすぐの夕日が最っ高に綺麗!

中井、新田「ああー!!!(激しく同感)」

新田「練習後に『失礼します!』で撮影!倉庫出て、夕焼け撮って帰る流れですよね(笑)」

堀「朝練前の朝焼けも、昼の青空も、夕焼けも、夜の星も、田舎の鹿屋のいいところ!」

 

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向かいの薩摩半島まで見渡せる

Q.学生寮の事情について教えてください。

堀「自転車部の寮ではなく、学生寮。他の部活の学生と一緒です。部屋は個室の六畳。風呂やトイレ、キッチンは共用。
役職も階ごとにあって、おれは保安委員。B棟2階の治安はおれが守っとる(笑)

新田「お隣さんともよくあいさつするし、ほかの部活の人たちと一緒なので楽しいです。」

中井「女子寮では『4階会』とか称して、みんなでおでんや鍋したりとか!」

堀、新田「男子はそういう女子力ないわー(笑)」

自転車部内では、ちょくちょく鍋パやタコパを開催しているようです。

Q.大学について教えてください。

堀「練習環境はもう最高。田舎だから信号ないしロード環境がいい。バンクも近いし、雪も降らんしな。あとは、大学から20kmちょっとでバンクにも行ける。」

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バンク行き放題、練習し放題!

中井「女子は男子に混ぜさせてもらって練習です。ロード練習では、ちぎれては男子に背中を押してもらって集団復帰の繰り返しで…、申し訳なさと不甲斐なさで心も身体もボロボロになります(泣)。
でもカフェや足湯で休憩したりして、オンとオフというか、厳しい中にも束の間の休息というか、だから頑張れるというか。」

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足湯さえあれば、疲れもスッキリ取れちゃいます

新田「勉強面では、保健体育の教職科目だけでなく、スポーツ科学やスポーツ栄養学などといった専門知識が学べます。競技に生かせるので授業がとても楽しいです!
高校の知識で言ったら、物理や生物がつながっていますね。授業数は一年生は多いです。空きゴマ(授業がないこと)がほとんどないけど、最大4限(15:50)までだから、練習時間には困りません。

堀「3年生になると授業数も減って、1日1.2時間くらい。あ、単位とらんと減らんよ?(笑)」

中井「施設については、倉庫の50m圏内にウェイト場、保健管理センター、トレーニングセンター、図書館、学食、教室。500mで学生寮だからほんとにコンパクトで便利。
歩いて5分で、『アス食(鹿屋アスリート食堂)』もあるし。ここも自転車部が誰かしらいるから寂しくなくていいなぁ。」

昼は11:30〜夜はなんと23:00まで営業している『アス食』は、遅くまで練習する体大生の味方。自然と自転車部が集まります。

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お昼の時間です♪

Q.最後に高校生をはじめ、全国の自転車競技のファンの皆様にメッセージをお願いします!

新田「ゼロからのスタートでしたが、先輩や同期に優しく教えてもらっています。
トップレベルの選手と一緒に練習ができ、スポンサー様のおかげで競技に集中できます。自転車を始めるには最高の環境です!」

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部員一同、鹿児島でお待ちしています!

中井「ここの部は男女分け隔てなくみんな仲が良くて、練習面でも生活面でも、いい意味で女子として特別扱いされない。女子選手大募集です♡
友達も体育会系でサバサバしているし、元気で面白い人ばかり。授業もすべて競技につながります!」

堀「高校生の皆さんへ、自転車はやった分だけ強くなります。世界を目指す集団へ、ぜひきてください!部員一同お待ちしております!」

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鹿屋体育大学自転車競技部
公式ホームページ
http://people.nifs-k.ac.jp/bicycle/
部ログ
http://bu-log.nifs-k.ac.jp/bicycle/new_items/1.html
公式Facebook
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公式Twitter
https://twitter.com/nifsk_bluesky

文武の道にいばらあり!① ガリ勉小僧、水も滴るマッスル中学生になる

こんにちは!慶應義塾大学の大前翔です。
この度3回にわたって、文武両道について、語らせていただくことになりました。
拙い文章ですが、どうかお付き合いくださいませ。

16RCS#8(浮城行田ラウンド)クラス2Bで優勝しクラス1に昇格した

私にとって文武両道とは、人生の全てであり、今も意識している座右の銘のようなものです。
そこで、初回の今回は、自己紹介も兼ねて、私の文武両道のコンセプトが確立された、幼少期から少年期までの人生について、早送りで振り返って綴らせていただこうと思います。

1997年、東京で生を受けた私は、4歳当時、大量の計算プリントを毎日せっせと片付ける勉強小僧でした。「くもん、いくもん♪」でおなじみの、公文式の塾に通い、算数と英語を学習していたのです。解き終わったプリントが山になっていくのが嬉しくて、「公文式に熱中」していたのを覚えています。

公文式というのは一風変わった塾で、自分の学年の学習範囲が終われば、すぐに次の学年の勉強を始める、いわゆる「先取り学習」を推進し、より先取りをしている生徒がより優秀、というコンセプトを採用している塾でした。
先取り度合いが3学年を超えると表彰を受けられ、そこで貰えるオブジェが素敵で(今もリビングに飾ってあります)、私の学習意欲をかきたてました。小学校も中学年になる頃には高校数学を学習し、基本的な微積分の計算まで解いていた記憶があります。

素敵なオブジェのコレクション。今から10年以上前のもの。

一方で、私は5歳の頃、小児科喘息の克服のため、水泳を習い始めました。人一倍負けず嫌いだった私は上達し、1年で選手コースに招待され、これ以降9年間にわたり、週6日、8回、一回2時間~2時間半の練習をこなす生活を送ることになります。

努力の甲斐もあり、小学校中学年の頃には、初めてJOCの参加標準記録を突破し、年齢別の全国大会に参加することができるようになりました。

全国大会の舞台を経験してさらに燃え、公文式を続けながらも、日常のほとんどを水泳に捧げて血の滲む努力とともに迎えた小学4年生の終わりの春、私は年齢別カテゴリで快挙を成し遂げました。
JOCジュニアオリンピックカップの3種目でそれぞれ優勝、3位、4位に入り、年齢別優秀選手にも選ばれたのです。10歳のガキンチョだった私にはこの刺激は鮮烈で、暫くの間、私を有頂天にさせました。

50m背泳ぎで優勝しガッツポーズをする

JOCでの活躍の後、私は現在も通う慶應義塾大学の一貫中学校を受験する為、少し日常における水泳の比率を落として、受験勉強を開始したのでした(思い出すと、慶應義塾を志望校としたのも、その頃完成したてだった学内の室内プールで部活ができるという環境に憧れたからでした)。

2年間に渡り、勉強、水泳と2足のわらじで、母が作成してくれた分刻みのスケジュール表に従って多忙を極める生活を送り、無事合格。入学した慶應義塾の中学校で、この上ない幸運に恵まれることになります。

それは、水泳部に入部した同期のうち3人が、JOCに出場できるレベルの泳力を持っていて、リレーでの成績が期待できる、というものでした。このチャンスをものにした私たちは、1年生の頃に全国中学出場、2年でリレー優勝、3年で連覇&2種目リレー制覇という快挙を成し遂げました。私にとってみれば、人生2回目の快挙でした。

最後の全中で快挙を達成し、観客席からの声援に応える

また一方、中学入学後の成績は良好でした。私の学校は中学校にして留年制度があった為、それに怯えて勉強して、最初の定期試験で学年2位の点数をとってしまったのを手始めに、その成績をキープするように、勉強にも力を注いでいました。

ここまでの私にとって、水泳と勉強は人生の全てであり、どちらも欠かすことのできないものでした。また、いままでに語った通り、努力に伴う結果も、表面上はついてきていました。
しかし、実は中学校時代は、私にとっては、あまり華々しくはないものでありました。

さて、中学3年生までの私の人生を、早送りで振り返って参りました。今回はもう長くなってしまいましたので、次回、中学校時代の水泳に対する心情の変化から、お伝えしようと思います。
現在取り組んでいる自転車競技を私が始めるルーツともなる話題ですので、ぜひご一読ください!